浮かぶ太陽と月
-sense of wonder を呼び起こすもの -
昔、ランドサットなどの人工衛星が飛ぶ気配すらない頃、人間は敏感に自然を見つめ、太陽の角度や気温、雲の様子、月の満ち欠けなどの変化に気を配る必要がありました。それが生きていくために必要な感覚だったからです。その眼差しは、親しい友人に向ける信頼のようなものでもあり、敵に向ける厳しい眼差しでもあったに違いありません。自然と共生する必要があった人間は、今より圧倒的に自然を感じる感覚が研ぎ澄まされていたのです。現代では、今日の太陽や月の様子、すなわち自然のことを意識しなくても全く不都合なく生きていけるのが通常の都市生活者の感覚だと思います。
失ってしまった自然を感じる感覚。このような自然を感じる感覚に名前を付けた” sense of wonder” という言葉があります。sense of wonder とは、自然などを感じることによる、ある種の感覚や感動と訳されます。私たちが、sense of wonderという研ぎ澄まされた感覚を生活のそばに置くとどのようなことが起こるでしょうか?
私はその問いを作品にしてみようと考えて、自然の中でも象徴的であり身近であり、古来より生活を司るものであった太陽と月。この2つのモチーフを使い、隣り同士に隣接して建つ、双子の建物にインスタレーション装置をつくることにしました。毎日変化する太陽や月の様子を表す装置。コンセプトはとてもシンプルなことなのです。
この装置は毎日の月の満ち欠けや、太陽の運行、高度、温度などを色や形、音により正確に表現します。
朝、エントランスを通過する時、エントランスの頭上に設置された、今日の太陽の様子を示す照明が見え、建物を出た瞬間、私は本当の空を住まう人に見上げて欲しいと思うのです。そこには眩しい光があるかもしれないし、空を飛ぶ沢山の鳥がいるかもしれません。何が見えますか?何を感じましたか?そこにはきっと新しい感性の発見があるはずだと思うのです。夜、疲れて家に帰ってきた時、建物のエントランスに青白く浮かぶ照明装置の月を見て、家に入る前に本物の夜空を見上げてほしいのです。そこには何が見えました?本物の月は浮かんでいましたか?そういう時に人は何を思うのでしょうか。このようなことを日々繰り返し意識していくことで、間違いなく、そこに住まう生活者の心は豊かになっていくはずです。どう豊かになっていくのか。sense of wonderが研ぎ澄まされて、人の感覚はどのようになっていくのか。
それはアートの多様性のように、人それぞれ多様なもので、作品やその所有者が決めることはできません。ただこのような、心の片隅に寄り添い新しい発見を促す装置こそ、生活空間にあるべき芸術作品だと私は考えています。月と太陽のマンションに住んだという体験は、生活した人の”思い出という名の記憶”だけでなく、自然を感じるという sense 、すなわち感性を心の大切な場所に残し、彼らが住まいを去った後も、ずっとずっと彼らの心の中に残り続けると、私は思うのです。ありもしなかった感覚を拡張してくれるもの。それこそが生活空間に毎日存在する作品が持てる価値の側面だと、私は考えています。